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元リクルート、Indeedの買収担当者のCFOが語る。Chatworkが仕掛けるM&Aは、責任の質が全く違う。

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ローランドベルガー、DELL、リクルート等を経て、ChatworkにCFOとしてジョインした井上。リクルート在籍時のIndeedの買収、2019年のChatworkの上場など、企業の急成長の発火点にハンズオンで立ち会ってきました。当時の背景、担当した実務の内容や失敗談、そしてこれからのChatworkのM&A戦略について、ざっくばらんに、詳細に語ってくれました。

■プロフィール

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取締役 CFO 井上 直樹

早稲田大学第一文学部卒。戦略系コンサルのローランドベルガーやDELL等を経て、2008年リクルートに入社、新規事業開発やM&Aに従事。2012年にIndeed買収を担当、その後PMIのためアメリカに駐在、2015年からはTreatwell買収後のPMI担当としてイギリスに駐在。帰国後2017年11月よりCFOとしてChatworkに入社。2019年3月取締役CFOに就任。

ドイツ文学専攻で映画好きの学生が、ローランドベルガー、DELLを経て、リクルートへ。

――大学時代とファーストキャリアについて、教えてください。

大学は、文学部のドイツ文学専修に通っていました。映画が好きで年に150〜200本くらい見てましたね。1社目に入社したのは広告会社のADKです。4年ほど勤めたのですが、ビジネスの上流に携わりたいと、戦略系コンサルのローランドベルガーに転職しました。ただ、20代そこそこの社会人が、大手企業の経営改革をリードするのは難しかったです。社内も優秀でロジックに長けた社員が多く、広告会社出身の私は苦労しました。パワーポイントの資料の一言一句を細かく指摘されては、徹夜で修正する毎日。ただ、そこで何とか食らいつく中で学んだ、論理的思考力や問題解決能力は、その後のキャリアでも役に立っていますね。

――戦略系コンサルの次は、どのようなキャリアを歩みましたか?

ロジックとパワーポイントの世界から離れて、自らの手でビジネスを動かしてみたいと、DELLに転職しました。当時のDELLは、直販モデルで非常に勢いのある会社でした。ある意味高尚なロジックが無くても、売れるんですよ(笑)。外資系の会社で仕事をする中で、日本が本社ではないことで、意思決定の権限に限界を感じて転職したのがリクルートです。2008年、意気揚々と新規事業開発の部署にジョインしたのですが、なかなか成果を出せませんでした。今思うと、くすぶっていて、当時は、ローランドベルガーやDELLの元同僚たちと会うのがシンドかったです(笑)。外資系企業で出世して、多額の年収を稼いでいる彼らに、正直、引け目を感じていました。飲みに誘われても、断ることもありましたね。

「Indeedを本当に買収するの?」社内では懐疑的な意見が大半だった

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――その苦しかった時代から、どのようにキャリアを築いたのでしょうか?

何とかやりたいことができるポジションに異動させてもらおうと、「投資マネジメント室」に移りました。国内外のM&Aを担当する部署だったのですが、私にはその経験はありません。「バリュエーション」の「バ」の字も知らない中で、外資系の投資銀行出身者達と肩を並べて、必死に自分の生きる術を模索していきました。何とか彼らにできなくて、自分にできることを探し出して、、という感じです。その時はすでに30代中盤に差し掛かっていました。

――そこからのリセットだったんですね。

何とか必死に食らいついていると、チャンスがやってくるものです。
2012年、Indeedの買収のディールを担当することになりました。初めは別の上場企業の買収を検討していたのですが、現リクルートホールディングス社長の出木場さんが、サンフランシスコのイベントでIndeedの創業者と出会ったことから検討が始まりました。「Indeedを本当に買収するの?」と社内では懐疑的な意見が大半を占めていましたが、ディールのストラクチャーや税務面の調整を進め、バリュエーションを算定、粘り強く交渉を行いました。当時は、リクルート自体が上場直前のタイミングだったので、社内や主幹事証券会社への説明を丁寧に行い、少しずつですがプロジェクトを前に進めることができました。

買収価格のロジックは後付け。「これは正当化できるバリュエーションです!」取締役会で言い切った

――Indeedの買収価格は、どのように決めたのでしょうか?

買収価格はロジカルに決まるというよりは、お互いの要望がベースで交渉が始まります。それにロジックの裏付けをしていくのが私の仕事です。「これは正当化できるバリュエーションです」と取締役会で説明するのは結構シビれますね(笑)。このときは、コンサル時代に培った、シビれる場面でのロジック構築力(≒言い訳構築力笑)が活きたと思います。
買収自体は、そこまで難航しませんでした。リクルート内で買収の方向性が固まった後、ギリシャ危機が起こりました。マーケットがクラッシュしたことで、買収価格が安く抑えられたことが追い風になりましたね。当時の日本円(1USD=JPY75)で約1,000億円でディールを成立させることができました。2012年の暮れのことです。
そして、2022年1月現在、リクルートホールディングスの時価総額は10兆円を超え、日本企業全体で5位につけています。10兆円超の時価総額の中で、Indeedが大きな価値を占めているのは疑いのないところで、「日本のベストディール」と言っても過言ではありません。

10兆円まで時価総額が増えたのは、Indeedの経営の自由度を担保できたから?

――Indeedがここまで成長すると思っていましたか?

いえ、正直想像がつきませんでした。成長した理由は、そもそものビジネスモデル自体が秀逸だったからというのが大きいと思います。リクルートが買収しなくても、おそらく一定伸びていたでしょう。リクルートの関与だけで1,000億が10兆になりました、とはちょっと考えにくい。ただ、出木場さんの目利き力が無ければ、リクルートが買収することがなかったのも事実。あのサンフランシスコのイベントが、2社にとって歴史の分岐点になったのは間違いありません。
我々ディールを担当した立場から見ると、買収価格が抑えられた事がその後の成長に寄与したと思います。買収価格が抑えられたということは、無理のない事業計画で価格算定しているということであり、Indeed側の経営の自由度を上げられた。経営陣はリクルートに縛られずに事業運営ができ、超過利益は全て投資に回すことができた。マーケティングやR&D、人材に莫大な金額の投資をすることで、成長が一気に加速していきました。

大きなポテンシャルを生かしきれていない。それがChatworkへの入社理由

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――そして、Chatworkにジョインするのですが、その経緯を教えてください。

リクルートでは他にも海外企業の買収に携わり、2017年11月、日本に戻ってきたタイミングでChatworkにCFOとしてジョインしました。当時は7〜80人くらいで、現在の1/3の規模感の会社でした。非常に大きなポテンシャルを持っている一方で、荒削りな部分があったことに魅力を感じて入社を決めました。これからの時代にマッチしたプロダクトを持っていながら、やれていないことが多かった。そこに私がジョインすることで、伸ばせる大きな余地があると感じたのです。
P/LやKPIを見てみると「この会社は伸びるのは間違いない」と確信しました。ユーザー数が右肩上がりにきれいに伸びていたので、これからも堅実に成長できるな、と。海外で働いていたときにチャットツールを使っていて、仕事が大幅に効率化できたので、プロダクトの社会的な意義にも共感できたのも入社の理由です。

SaaS企業として右肩上がりに成長。上場の難易度はそこまで高くなかった

――入社後は、2019年の上場に向けて尽力したと思いますが、いかがでしたか?

勿論大変ではありましたが、実はそこまで上場には苦労していません。企業の上場が難しくなる大きな要因の1つは、予実の乖離が起こること。Chatworkは、SaaS企業でユーザー数が右肩上がりで伸びているので、コストのコントロールさえすれば、目標を達成することができる。正直、上場の難易度はそこまで高くはありませんでした。
CFOの一番の仕事は、成長戦略と資本施策の策定です。その2つをどう繋げていくのかが、その後の成長に大きな意味を持ちます。
いわゆるエクイティストーリーですね。仮に上場して資金を調達したとしても、何に使うのがよいのか。もしくは、使える組織をどうやってつくっていくのか。当時は、今のように組織が強くなかった。なので、エクイティストーリーがより明確になってきた昨年12月の調達額の方が、上場時の調達額よりも大きいですね。

入社時に比べて、規模が3倍に拡大。ここから勝負に出る

――そこから2年経ちましたが、いかがでしょうか?

2020年〜21年に掛けて、新型コロナウイルスの影響に振り回されながらも、社員を増やしてきました。この1月の時点で250名に達する勢いで、私が入社した2017年当時に比べて、規模は3倍以上に拡大しています。人員数だけでなく、かなりハイレベルな方々にジョインいただいているので、会社としてのやれることが明らかに増えています。ようやく資金を使って伸ばせるフェーズを迎えたと言っていいでしょう。ここから一気に攻勢に出たいと思っています。
その初動の一つとして、2021年の12月に海外募集の新株式の発行を行い、20億円の資金を調達しました。2022年は今まで以上に攻めに転じる。ここから資金を投じてユーザー数をどれだけ伸ばせるかが、勝負になってきます。

2022年、M&Aも積極的にやっていく

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――今後のM&Aについては、どのように考えていますか?

決算説明資料でも触れていますが、Chatworkは「ビジネス版スーパーアプリ構想」を掲げています。中小企業向けのあらゆるビジネスソリューションを、Chatworkのプラットフォームから提供していこうとするものです。中小企業で働いている人を中心に、460万人ものユーザーを抱えているサービスは他にはありません。このユーザーを送客することで成長させることができる会社や、Chatworkと併用することでより便利になるサービスがあれば投資をしていく。それが基本的な方針です。
もちろん、M&Aはご縁があって成立するものですから、マイノリティの出資になるのか、マジョリティを取るのかは、相手の会社の状況によります。また、私たちが投資をさせていただくだけではなく、逆に私たちに対してお金を入れていただくようなM&Aももちろんあります。Chatworkに足りないピースがあって、埋めてくれる戦略的なパートナーがいれば、十分に可能性があると思いますね。

Indeedの買収よりも、今の方が面白い。我々ひとりひとりの意思決定が、日本の中小企業の未来に影響する

――リクルート時代のM&Aとの違いは?

もう全然違いますね。リクルートは投資も財務、経理、法務も完成された組織です。海外含めたM&Aのノウハウも蓄積されていました。Chatworkは組織としてはほとんど未経験と言っていい。メジャーリーグのチームと高校野球のチームくらいの違いがあります。ただ、だからこそ、今の方が面白いんですよ。やれることの規模感はリクルートの方が大きいですが、既にできあがっている部分がほとんど。Chatworkは伸びしろしかないですし、会社の成功を自らで牽引できる。しかも、手触り感を持ちながら。こんな機会はなかなか無いと思いますね。
先ほども言いましたが、1,000億円の買収をして10兆円になるのは、様々な要素が絡み合っていて、とても自分だけの成果ではありません。Indeedの買収は日本を代表する成功ディールになりましたが、仮に自分がいなくても、リクルートはIndeedを買収できたでしょうし、リクルートは同じように成長していたでしょう。
一方で、今、身を置いているChatworkは真逆です。自分の意思決定が会社の成長、ひいては、日本の中小企業の未来に影響を及ぼす。責任の質が全く異なると思います。だから、毎日ワクワクしていますし、シンドいこともしょっちゅうですが、それが面白いんですよね。

プロダクトの拡張性の高さと「思いやり」のカルチャーが、M&Aにおける強み

――M&Aを推進していく中で、Chatworkの独自性や強みはどこにありますか?

まず1つ目は、プロダクトの拡張性ですね。外資系企業が展開しているビジネスチャットサービスは、基本的には「社内」のコミュニケーションに特化しています。一方でChatworkは「社外」とのやりとりを軸に伸びてきたプロダクトです。多くの中小企業の従業員や団体の職員の方々、個人事業主や士業の皆さんが、社外とのコミュニケーションを円滑にするために導入してくれました。そこには、様々なビジネスの芽が潜んでいるので、幅広いプレイヤーと組みやすい。たとえば、決済や契約書のサービスなどは、社外と繋がること、つまり相手があって初めて価値がでるものですよね。
そして、2つ目が、「思いやり」のカルチャーを持っていること。私はリクルートの買収先の海外拠点での勤務を経て、日本に戻ってきました。ニューヨークとロンドンで働いていたのですが、リクルートや海外の企業は「自己実現」とか「個の尊重」をとても大切にするカルチャーが根付いています。それに比べて、Chatworkは「思いやり」や「調和」を大事にする社風に思えます。社員のみんなが優しいんですよね。M&Aでもこのカルチャーは大きな武器になると思っています。

リクルートとChatworkには、M&Aのやり方に共通点がある

――「思いやり」カルチャーは、M&Aのシーンで具体的にどのように効いてくるのでしょうか?

グループにジョインいただいた会社を自分たちの色に染めるのではなく、相手のカルチャーをリスペクトして接する。その方がグループにジョインいただいた会社も、のびのびと経営できる。そこからChatwork本体の経営にも参画いただくぐらいの方がいいと思っています。もちろん相手を染めていく手法が有効なケースもありますが、日本の会社でうまくいっているのは、リスペクト型のM&Aだと感じています。まさにリクルートがIndeedを買収したのもこのスタイルです。経営の自由度を確保して、自主的にのびのびと成長してもらえればいい。ちなみにIndeedの創業者は現在リクルートホールディングスの取締役です。
2021年7月、スターティアホールディングス(株)という一部上場企業グループ内のクラウドストレージ事業を切り出し、Chatworkと合弁会社を立ち上げました。中小企業に対してクラウドサービスを提供する、「Chatworkストレージテクノロジーズ」という会社です。出資比率はChatworkとスターティアで51:49なのですが、この比率での合弁は非常に難易度が高いと言われています。事業計画や投資戦略など、全てを合意の上で進める必要があるからです。否が応でも相手を敬わないとできない座組みの中で、きっちり事業を成長させることができているのは、担当されている皆さんがChatworkの思いやりカルチャーを持っているからこそ。加えて、このようなスタンスは、「プロダクトの拡張性の高さ」とも相性が良いと感じています。つまりChatworkは色んな組み方ができる素地をカルチャーとして持っているということです。

――M&Aを推進していく人材については、いかがでしょうか?

いま、Chatworkには自分たちで事業をつくれる人が、多くジョインしてもらっていますが、M&AやPMI(Post Merger Integration)ができる人は、まだまだ少ないです。その採用はまさに急務。Chatworkのカルチャーに共感できる方に入社いただければ、どんどん仕事を任せたいと思います。ただし、チームを無理には拡大しようとは思っていません。少数精鋭で「手触り感」を持ちながら、組織としてM&Aのケイパビリティを着実に獲得していきたいからです。

他の人が自分より価値を出せるのであれば交代すべき

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――井上さん自身の今後のキャリアは、どのように考えていますか?

これまでの人生において、先のキャリアを考えたことはあんまりないんですよ。その場その場でやりたいことをやってきたんです。大学での文学部の選択も、広告会社から戦略系コンサルに移ったことも、そこから外資メーカーに転職したことも、リクルートでM&Aをやらせてもらったことも、Chatworkで上場を経験できたことも、計画や計算ではなく、ただそのときにやりたかったから。常に無謀にチャレンジして、常に失敗しています。そういう姿を見せないように、水面下でバタバタしているタイプです(笑)。
Chatworkという会社は、これからが本当に面白い会社だと思います。ヒト、モノ、カネが揃ってあとは攻めるだけ。コミュニケーションツールというマーケットはものすごく大きいので、成長のリミットが見えない。どこまで行っても天井が無い世界が、ここにはあると思いますね。
ただ、一つだけ決めていることがあるんですよ。他の人が自分より価値を出せるのであれば交代すべきということ。Chatworkのために自分がやれるところまではやります。ただ、他の人が牽引した方がこの会社が成長するのなら、私はサポートに回るべきだと考えています。自分が続けさせていただくためには努力も必要ですし、そういう緊張感は常に意識しています。勿論まだまだやれることも多いですし、仕事もとても楽しいのですので当分頑張るつもりですが(笑)。