Product-Led Growth(PLG)とは、アメリカのベンチャーキャピタルであるOpenView社が名付けたGTM(市場進出戦略)のひとつ。これは、ユーザー獲得やアクティベーション、リテンションを“プロダクトそのものが担う”という手法です。私たちChatworkも近年、このProduct-Led Growthによる事業成長に取り組んできました。
この成長戦略を主導しているメンバーのひとりが、プロダクトマネージャーの針北 陽平です。針北は2023年2月よりプロダクト本部プロダクトマネジメント部のマネージャーになり、プロダクトだけではなく組織の成長にも尽力しています。今回は針北が取り組んできた施策や今後のビジョンなどを語ってもらいました。
■プロフィール
針北 陽平
プロダクト本部 プロダクトマネジメント部 マネージャー
兼 CTO室
ヤフーにWebエンジニアとして入社。その後、2社のベンチャー企業にて、広報・事業アライアンス・新規事業の立ち上げを担当し、フリーランスに。2015年からは、オープンエイト執行役員として参画し、動画メディアの立ち上げと現主力事業の「Video BRAIN」を立ち上げ、事業責任者として活躍。2021年2月にChatworkへ転職。プロダクトマネージャーとして、プロダクト戦略の立案と実行、メンバーの育成に従事。2023年2月より、CTO室と兼任でプロダクト本部プロダクトマネジメント部のマネージャーを務める。
より多くの人とコミュニケーションしたくなるプロダクトへ
――針北さんの現在の役割を教えてください。
プロダクトマネジメント部のマネージャーを務めています。主な役割は、単年のプロダクト戦略の策定をし、チームメンバーへ業務を割り振って全体管理をしていくことです。また、数年先に向けた中長期的なプロダクト戦略の策定にも注力しており、本部長や役員とともに2025年までにChatworkをどのように成長させるかの計画を練っています。
本部をまたいだPLG部にも所属をしており、プロダクトグロース施策をプロダクトマーケティングマネージャーと連携しながら取り組んでいます。現在はChatworkのユーザー拡大のため、ユーザー招待行動を促進する施策に力を注いでいます。
――Chatworkは過去に発表した中長期の経営戦略のなかで「Product-Led Growthへの注力」を発表しました。この方針をとっている背景からお聞かせください。
私が入社した頃(2021年2月)は、すでにProduct-Led Growthへの注力を社内では掲げていました。その背景としては、ビジネスチャットの市況が普及の壁と言われているキャズムを超える段階まできていることが影響していると認識しています。とっくに成熟していると思っていたビジネスチャットの市場は、まだまだこれからだったんですよね。当時、私は衝撃を受けました。
現在も、国内の企業におけるビジネスチャットの普及率はまだ18.6%ほど*1と言われており、まさに今マジョリティ市場に広がり始めているフェーズです。そのため、「口コミによる広がりを強化し、高レバレッジで成長できる特徴を持つProduct-Led Growthを主軸戦略として推進していくことで、プロダクトをさらに大きく成長させられるのではないか?」と考えたうえで、この方針をとっているのだと思います。
上場したことも理由としては大きいです。プロダクトをこれまでの延長線上で右肩上がりに成長させるのではなく、上場以降はJカーブの成長曲線を描くことを目指しているので、創業以来一番の投資スピードでアクセルを踏んでいるのだと認識しています。
――Product-Led Growthの実現のために、どのような施策をしているのでしょうか?
入社以降まず取り組んだことが「課金ポイントの転換」でした。Product-Led Growthの考え方のひとつに、ユーザーが「もっとプロダクトを使いたい」と思える要素を積極的に提供することで、より多くの利用を促し、その結果として有料プランへの転換を促すというアプローチがあります。
従来の「Chatwork」では、フリープランのユーザーは加入できるグループチャットの数に制限があり、上限以上のグループチャットに入りたければ、有料プランへアップグレードが必要でした。この課金形態では、ユーザーは「グループチャットの数をなるべく節約しよう」という気持ちになり、たくさん使おうというモチベーションが湧きません。この課金軸を見直すことで、より多くの人を巻き込んでコミュニケーションを取りたくなるプロダクトへ進化できると考え、Product-Led Growthの重要施策として推進しました。
利用できるデータを見尽くして分析し、意思決定する
――課金ポイントの転換のために尽力されたなかで、大変だったことはありますか?
グループチャット数の制限に変わる、新しい課金ポイントを決める意思決定は大変でした。検討した施策としては、たとえばファイルストレージの容量や組織のユーザー数に制限をかけることや、今回実施したようにメッセージの履歴に対する閲覧制限を設けることなどです。
考えうる手段をすべて並べて、過去の利用データを元に課金影響の予測値を出して、ビジネス側・役員と何度も議論を重ねました。その結果として、高い効果が見込めそうなメッセージの履歴に対する閲覧制限*2を選択しました。ですが意思決定をしても、実際にリリースしてみないとどうなるかはわからなかったので、とてもヒヤヒヤしながらリリース当日を迎えたのを覚えています。
課金ポイントの変更後は、予測を上回る結果となりました。直近の決算資料でも記載している通り、2023年1QのChatworkセグメントの売上高は前年同期比で+38.3%でした。もちろん課金ポイントの変更がすべての要因ではありませんが、成長を牽引した重要施策のひとつだったと思っています。
――この記事を、プロダクトマネージャーとして働く方も読まれると思うのですが、そうした方々に向けたアドバイスはありますか?
これがアドバイスになるのかはわからないですが、私が大事にしていることは3つあります。
まず1つ目は、あらゆる面から多角的にものごとを考えること。「ビジネスに対して、ユーザーに対してどう価値を出せるのか」を考えるのはもちろん、活用できる自社のデータはとことん向き合ったほうが良いですし、他社がどう提供しているのかも調べ尽くしたほうが良い。そこから複数の選択肢が出てくるので、何かしらの理論に基づいて優先度を考え、取捨選択をして意思決定をします。でも、そこで意思決定したものが100%成功することってないと思うんですよね。
だからこそ、2つ目に、「最終的には自分がどうしたいのか?」の意思を持つことが大事だと考えています。プロダクトマネージャーはプロダクトの成長に対して責任を持つ重要な職種でもあるので、この気持ちを強く持って取り組むことが、少なからず結果にも影響します。そして、意思を持つことで一緒に働く仲間も後押ししてくれるシーンを何度も経験してきました。
そして、3つ目が、学び続ける姿勢。打率10割なんて不可能なので、失敗したらそこから学ぶことはとても重要です。最新のプロダクトや技術にいち早く飛びついて自身で使いこなしてみる好奇心やなんでもやってみる精神は、プロダクトマネージャーにはとても大事だと思っています。
――インタビュー冒頭で「ユーザーの招待行動の促進」についての話がありましたが、こちらの活動はいかがでしょうか?
ユーザーの招待行動の促進は、課金ポイントの転換と併せてグロース施策のテーマとして扱っていました。ビジネスチャットは会話する相手がいてこそ成り立つサービスなので、「ユーザーがユーザーを呼ぶ」体験を作りやすいためです。「Chatwork」内での招待行動が促進されるように各種の改善施策を行ってきました。そのなかには、成功したものと失敗したもの両方があります。
失敗例としては、モバイルのアドレス帳を「Chatwork」と連携させたユーザーは招待行動をしやすい傾向が見えていたため、「他の連絡先連携の手段として、名刺管理サービスとの連携やCSV入稿機能があれば、より招待行動を促進できるんじゃないか?」という考えのもと企画を走らせてリリースしました。ですが、結果としては全く使われず、機能を落としたこともありました。
「さまざまな招待機能を追加すれば、ユーザーは何かしらのタイミングで招待をしてくれる」というのは幻想だったことがわかりました。そこからは視点を変え、よりデータに基づいて課題特定をし、既存の招待機能をより認知してもらうことを目的とした施策に切り替えました。
Web・モバイル双方でより自然に招待機能を認知してもらえるような改善を行い、結果としては施策前の招待行動数と比較して、3〜4倍ほど数字を伸ばすことができました。現在もグロースチームでは、各種の数値を読み取って課題を特定することを徹底していますね。
プロダクトマネジメントは総合格闘技
――マネージャーとしての、メンバーの育成やチームビルディングについても教えてください。
プロダクトマネジメント部は大きく分けて、プロダクトのグロース施策に注力するチームとコア機能を作っていくチーム、今後「Chatwork」だけでなく多角的にサービス提供していくことを見越した共有基盤チーム、組織を横軸で支えるProdOpsチームの4つに分かれています。それぞれのチームにチームリーダーを立てて、私はマネージャーとしてリーダーたちと深くコミュニケーションを取っています。
普段コミュニケーションを取っているリーダーたちは、経験豊かなシニアで固められているので、逆に私が頼っているくらいの状態です。メンバーの育成に関しては、正直なところ「これだ!」と思えるような型は見つかっておらず、とにかく打席にたくさん立ってもらう方針で、ジュニアのプロダクトマネージャーには日々奮闘してもらっています。
ジュニアのプロダクトマネージャーが、実際にさまざまな課題を当事者として経験していかなければ、スキルが伸びないと思っているからです。機会提供の方法については、リーダー陣と定期的に会話をしています。
こうした育成の方針をとっているのは「プロダクトマネージャーの仕事は総合格闘技だ」と思っているからです。さまざまな観点からこれだと思う施策を考えたり、各ステークホルダーと連携しつつプロジェクトを進めたりしていくには、自分自身が過去に培ってきたスキルやノウハウをフルに活かして課題解決に向けて奮闘していく必要があります。
総合的なスキルを持っていたほうが、うまく立ち回れると思うことが多々あったので、総合格闘技という表現にしてみました。私自身も、これまでのキャリアのなかでエンジニアや広報・UXデザイナー・新規事業責任者・ベンチャーの役員などさまざまな経験をしてきました。その積み重ねた経験が、プロダクトマネージャーの業務に活きているなあと、今とても感じています。
――今後の目標について、プロダクトや組織、個人のキャリアという3つの観点からお聞かせください。
まずプロダクトと組織について。Chatworkは上場企業であり、非連続的な成長を目指さなければならないという背景もあって、「事業を成長させること」をプロダクト戦略においても優先しています。その影響もあり、Product-Led Growthに注力する方針を定めた2年前くらいから、目立った新機能開発ができていないんです。
事業的な観点で取り組むことの優先度を考えると仕方のないことではありつつも、プロダクト大好き人間としては、プロダクトの利便性をより向上させるための新機能開発もバランス良く取り入れたいです。だからこそ、それを実現するための組織作りに、現在は力を入れています。
個人としてのキャリアは、正直なところ明確なビジョンがありません。これまで、自分が楽しいと思うことをのらりくらりと選択してきた人生だったので。でも、Chatworkという会社が達成しようとしている世界観にはとても共感していて、私自身もその世界を見たい想いが強いです。
また、私は過去にベンチャーで働いたりフリーランスとして活動したりしていたキャリアだったので、Chatworkで自分が経験したことのないステージにチャレンジできていることに面白みを感じつつ、日々仕事させてもらっています。本気で中小企業の生産性を向上させようとすると、絶対にITリテラシーの壁にぶつかるんです。前職で、中小企業向けのM&Aサービスを運営していたときも、その壁をとても感じていました。
でも、私の母は今年で69歳になるんですが、そんな母でもモバイルでチャットはギリギリ使いこなせているんですよね。比較的ITリテラシーの低い方でも、チャットならば使えるケースが多いです。だからこそ、Chatworkが持っているポテンシャルはとても大きいと私は感じています。ここからの道のりは絶対に大変ですけれど、Chatworkにしか実現できない世界がそこにある気がしているので、それに向けてこれからも邁進していきたいです。
撮影場所:東京オフィス(WeWork 日比谷FORT TOWER)