Cha道

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コーポレート職に必要なのは、意志と勇気。「ただやる」だけから、会社をもっと良くするホスピタリティ集団へ。

法務総務部でリーダーを務める松井。様々な業界での経験を経て、シナジーマーケティングの「ひとり総務」に。そして、コロナ禍の入り口の2020年5月に、Chatworkに人事兼総務として入社しました。急成長する事業とリモート化が進む職場。その2つに向き合いながら、何をしてきたのか。2022年3月のWeWork 日比谷 FORT TOWERへの東京オフィス移転*の話も含めて、込めた思いや仕事観を熱く語ってくれました。
*詳細はこちら:https://corp.chatwork.com/ja/news/2022/01/chatwork-office-moving.html

 

■プロフィール

松井 麻奈
コーポレート本部 法務総務部 チームリーダー

長野県出身。新卒で不動産会社に勤務し、様々な業界での経験を経て、2014年にシナジーマーケティングにジョイン。総務を担当した後、2020年5月にChatworkに転職。オンボーディング・育成・社内イベント・オフィス移転などを手掛ける。

蒲田の居酒屋が、人事としての原点

――出身はどちらですか?

出身は長野県の安曇野市です。当時は村だった田舎から東京に出てきて大学を卒業し、不動産会社に勤めました。仕事は営業事務です。物件の契約管理や引き渡しのサポートを行っていました。次第に決められたルーティンワークをこなしていく毎日に面白みを感じ無くなり、このままではいけないと思い、20代半ばに差し掛かろうとした頃に退職。明確にやりたいことがあったわけじゃないんです。ただその時の選択の軸として、「人でなければできない、安心感や温かいサービスを提供するプロになりたい」という想いがあり、派遣社員として働き始めました。

――なぜ、派遣社員なのですか?

「正社員」という雇用に固執してなかったんですよね。もちろん雇用形態によって任される業務範囲は異なるかもしれませんが、私にとっては未経験でも希望の職場で働けることが大切だったんです。当時はとにかく「スキルを積みたい」という想いが強く、二足の草鞋で昼と夜の両方で、がむしゃらに働いてましたね。昼は羽田空港で派遣社員として働いて、夜は蒲田の赤ちょうちんの居酒屋で接客をしていました。昼と夜の両立は大変でしたが、様々な方と接することができたので、毎日が本当に楽しかった。

小さな居酒屋だったのですが、閉店後、自発的にスタッフ全員で集まって、どうやったら売上を伸ばせるのか、どんなサービスがいいかなど、経営者と同じ目線で明け方までアイディアを出し合いましたね。全員が当事者意識を持ってやっていました。

お酒や食事を笑顔で提供すると、皆さんも元気になってくれるんですよ。店員同士も仲が良くて、チーム一丸となってお店を回しているのが、気持ち良かったですね。お客さんも店員も、その空間でみんなが元気になっていました。そういう場作りに、自分も関与している実感があった。人事や総務としての原点は、このときに芽生えたのだと思います。

シナジーマーケティングで総務に転身。新入社員を不安な気持ちにさせたくない

――派遣社員と居酒屋のアルバイトの後は、どのようなキャリアを歩みましたか?

家庭の事情で引っ越すこととなり、泣く泣く2つの仕事を辞め、一度仙台に移った後に大阪に住むことになりました。2014年に派遣社員として入社したのが、CRM関連のシステムやサービスを提供しているシナジーマーケティングです。

――シナジーマーケティングでは、どのような仕事を?

当時は250人くらいの会社で、全く経験の無い総務として配属されました。総務を担当していたのが先輩と私の2人だったのですが、ちょうど会社がヤフーにグループインするタイミングで、その先輩が準備のために東京へと赴任。「ひとり総務」の状態になったタイミングで、正社員に登用されました。

正社員になって力を注いだことが、新入社員の受け入れです。当時はどの部署もすごく忙しくて、新しい仲間が入ってきても、Welcome感のある受け入れはできていませんでした。入社初日に、受け入れ部署の社員が「あれ、、、この職場には誰もいない、、、?」なんてことも。せっかく入社してくれた方が、不安に思ってしまうケースもあったように思います。その状況をどうにかしたかったのです。

新たな希望を持って入社してくれたのに、その気持ちに応えられないことが本当に悔しくて…。人事や情シスと連携して、入社オリエン・受け入れメニューをつくりました。PCや社内システムも分かりやすくマニュアルに整備し、初日から不具合なく使えるようにして、安心感を醸成しました。入社初日にオフィスに人がいない場合は、総務や人事が声を掛けてフォローしました。もちろん、その後も困ったことがあれば、何でも相談に乗りましたね。

自分が人見知りだったからこそ、新入社員の気持ちが分かる

――その仕事は、総務というか、人事の領域ではありませんか?

そのように区別はしていなかったです。社員に快適に働いてもらう環境を用意するのが私の仕事だと思っていましたし、不安を抱えている社員がいたらできることは何でもやろうと。

私自身が、新しい環境に入るのが苦手だったから、新入社員の気持ちが分かるんですよ。小学生から高校生にかけて、人の輪に入るのが苦手でした。そのときの不安な思いが残っているんです。新入社員に声を掛けたり、PCやシステムが使えるように準備をしておくことで、「自分のことを受け入れてくれているんだ」と感じてもらいたい。そう考えたのです。

「ありがとうございました」「職場になじむことができました」という声を、直接もらえるとホッとしました。蒲田の居酒屋のアルバイトと同じやりがいを感じていましたね(笑)。

「会社を変えたいなら、ウチを変えてよ」とChatworkへ

――シナジーマーケティングからChatworkに転職しましたが、どのようなきっかけがあったのですか?

入社して5年くらい経った頃、ちょうど「働き方改革」という言葉が使われ始めたタイミングでした。私としては柔軟な働き方を取り入れた抜本的な改革を企画し、役員に提案しましたが結果はことごとくダメで。当時は想いだけはあったのですが、知識やスキル・経験も足りていませんでした。役員に納得してもらえる企画や提案ができなくて、何度も悔しい想いをすると同時に、「総務」という役割で解決できることに限界を感じ始めました。

悩んでいたときに相談したのが、シナジーマーケティングの元上司で、現在はChatworkの執行役員CHROを務めている西尾さんでした。相談をしたら、「じゃあ、ウチでやればいいじゃん」と言われたのです。急成長している会社で、経験やスキルを積むことができると思いました。そして、もともとChatworkのビジョンである「すべての人に、一歩先の働き方を」という考え方にも共感していたので、2020年5月に転職しました。

コロナ禍のリモート環境下でも、新入社員の不安を無くしたい

――Chatworkではどのような仕事を?

人事と総務です。人事は全く経験がなかったのですが、当時はコロナ禍の入り口で、Chatworkの急成長が始まったタイミングでした。それに合わせて採用を一気に加速させるため、入社当初は人事部を主務として配属されました。何から手を付ければいいのか、右も左もわからない中で、西尾さんからは「何でも思ったことをやっていいよ」という一言(笑)。何とも難しいオーダーでした。入社2日目、本屋さんに駆け込み、人事がどんな仕事をするのか、本を何十冊も買いあさって勉強しましたね。

当時、毎月7〜8人が入社していて、そのときに脳裏をよぎったのが、前職で感じた「入社者が不安に思っているんじゃないか」という点です。「オンボーディングをやらせてください」と提案したら、二つ返事で「いいよ」と。ただ、前職と違うのは、完全リモート環境なんですよ。誰が何をしているのか、私自身も分からないのに、どうやってオンボーディングをやるのか。とりあえずがむしゃらになって、「こういうプログラムをつくりたいです!」と西尾さんや上司に話をして、現場の皆さんにもヒアリングをして内容を詰めていきました。

――どのようにオンボーディングのプログラムを作成したのでしょうか?

作成する中で大切にしたのは、「私自身がオンライン環境で感じた不安」です。入社時に何に戸惑ったのか、不安に感じたのか、どのようなコミュニケーションを周囲と取りたかったのか。その気持ちを深掘りしながら、「忘れないうちに形にしなくては!」と、急いでプログラムをつくりました。

ビジネスチャットの会社だけに、既存社員がオンラインのコミュニケーションに慣れているので、新入社員は戸惑ってしまう。いきなりグループチャットに入れられても、どうしていいのか分からない。ただ、Chatworkの社員は本当に優しい人が多いので、最初のハードルを乗り越えれば打ち解けるのは早い。その辺りは特に留意しましたね。

オンラインの社員総会では、社長がMVPの自宅まで「サプライズ訪問」

――確かに、2020年5月の入社ですから、当時はコロナ禍でリモート化が進んだ節目でしたね。

当時の仕事の中で、最も大変だったのが、7月の社員総会の企画と運営です。これまではオフラインで開催していたものを、オンラインで、しかも生配信で実施することになりました。全く経験もノウハウもありません。しかし、コロナ禍で社員同士が会えないストレスや、新入社員を目の前で歓迎できない悔しさ、その他の皆のネガティブな感情を吹き飛ばしたいと思い、とにかく楽しんでもらうために頑張りました。

そこで企画したのが、MVP表彰者を称えるために、CEOが直接自宅に訪問するコーナーです。コロナ禍なので、近くの公園で祝う形にしました。企画時点では誰がMVPとして表彰されるかは分からないので、遠方だったらどうしようとドキドキしていました。結果的に遠かったんですけどね(笑)。さらに、そのコーナーの開始を待っているときに雨が降ってきて。雨宿りできるのは公園にある1本の木だけで、オンエアまでにそこで皆で雨宿りしましたね(笑)。

そして、なんとか本番を迎えました。MVPの社員を公園に呼び出したら、そこに社長が立っているのを見て、驚き、感動していましたね。その模様を生中継したことで、社員の皆さんにも大ウケでした。大変でしたが、最後までやり切ることで、その熱も伝わったのだと思います。

Chatworkに入社した最初の1年は、とにかくコロナ禍の対応に尽きました。ビジネスチャットの需要が伸びて会社も急成長していたので、バックオフィス部門としては「てんやわんや」状態。周りの要望に応えていくので精一杯で、正直、設計やロードマップも何も無い。必死についていくだけでした。

ただ、それまでに部署の垣根を越えた仕事をこなしてきた経験が活きました。自分の役割を規定せずに、やるべきことをとことんやる。そのスタンスがあったからこそ、怒濤の日々を何とか乗り切れましたし、少しかもしれませんが会社の成長に貢献できたと感じています。

オフィスを働く場所から、発信する場に変えるために

――2年目以降は、オフィス移転を担当したと聞きました。

そうですね。オフィス移転の話が本格的に走り出すタイミングで、総務を主務にしていただき、プロジェクトをスタートさせました。2021年10月に「WeWork 日比谷 FORT TOWER」と契約して、そこから5ヶ月で移転しました。「移転するべきなのか」「前のオフィスに残るのか」社内では多くの議論を重ねました。特に激論になったのが、リモートワーク率がほぼ100%なのに、オフィスを移る意味がどこにあるのか、という点です。今後の社会情勢がどうなるか分からない中で、経営陣にとって、難しい判断だったのではないかと思います。

最終的に私たちがワークプレイスに込めた想いがあります。それは、コミュニケーションやコラボレーションが生まれる場所にすること。そして、一人ひとりが目的に合わせて、全国で勤務できるために、このオフィスでの仕事を過度に求めずに、選択肢のひとつになること。

これらの想いに合わせて私が提案したのが、「オフィスを働く場所から発信する場に変えたい」ということです。Chatworkはこの1年で倍の規模になり、今後も益々ビジネスを拡大していきます。企業としてのステージが変わると、社会からの注目度も増していく。そこで、洗練されたオフィスの風景や、社員の働く雰囲気を発信することによって、常に進化し続けているChatworkを印象づけたかったのです。もちろん、採用上での効果も見込んでいます。よりChatworkのカルチャーに合った人材にジョインいただくことにもつながることを願っています。

「WeWorkでも、独自の内装に変えるべきです。そこだけは譲れません」

――「発信する場」にするために、具体的にはどのような取り組みを行いましたか?

WeWorkに入居する企業は、備え付けのファシリティ(設備など)を活用するのがほとんどです。内装も備品もオシャレですし、コスト面のメリットもあるので、手を入れるケースは少ない。ただ、私はそれではダメだと経営陣に伝えました。「Chatworkらしさ」が伝わるオフィスでなければ意味が無いからです。「遊び心を忘れず、チャレンジを楽しもう」というChatworkのバリューを体現できる場にするために、内装の変更を提案しました。

すでにオフィスのレイアウトが決まりかけていた12月のこと。「やっぱり内装を変えるべきだと思います。ここだけは譲れません」とCEOの山本正喜さんに直談判しました(笑)。

そこから社内のデザイナー・WeWorkのデザイナーとも調整を重ねていき、4月に内装工事を完了させました。移転自体は3月14日でしたが、一つひとつの内装に妥協したくなかったんです。デザインを考えるにも、什器を1つ選択するにも、コンセプトに合うことが一番大切だったので。新オフィスは未来への投資ですから、これからも理想に向けて改善を重ねていきます。

「最後は私が責任を持つから、ついてきてください」

――これだけのプロジェクトを、変更を加えながら進められる秘訣はありますか?

大規模なプロジェクトは、当然、多くの人を巻きこまないと進められません。今回プロジェクトリーダーとしてこのプロジェクトを推進していく中で、「アサインされたメンバーに、プロジェクトを楽しんで進めてほしい」という想いを常に持っていました。ですから、「とにかく最後は私が責任を持つから、ついてきてほしい」と最初に伝えました。経営陣との度重なるやり取りやコストの調整、外部のパートナーさんとの細かい調整やトラブルが起きたときの対応などは、できる限り巻き取りましたね。

一部のメンバーには負担を掛けてしまいました。思い通りに行かずに、膨大な調整をせざるを得なかったこともあります。しかし、その大変だったこともひっくるめて、「このプロジェクトに参加して楽しかった!」と感じてほしいんです。そうでないと、面白いアイデアも生まれないじゃないですか。プロジェクトが終わったときに「大変だったけど楽しかったね」と皆で言い合えるようにしたい。これも居酒屋のアルバイト時代と変わりませんよね(笑)。

この2年間で、意志と勇気を持てるようになった

――Chatworkに転職して2年が経ちますが、ご自身の中で変わったことはありますか?

この会社に入社する前は「ただやる」だけでしたが、そこに意志を込めて、周りを巻き込めるようになったと思います。経営陣も含めた周りの人がその意志に共感してくれるので、私自身も「何のためにやるのか」「どういう想いがあるのか」をしっかりと考え抜いて語れるようになりました。

もう1つ。挑戦に対する勇気を持てるようになりました。Chatworkは「失敗しても学べばいい」とするスタンスです。周りの人も挑戦を応援してくれるし、一緒に乗っかってくれる。このカルチャーは自分にとって非常にありがたいです。人事や総務の仕事は、打算では攻められないんですよ。コロナ禍の対応やオフィス移転のようなプロジェクトは、10年に1回くらいのものです。その場限りの仕事ですので、ナレッジとして残せるものでもありませんし、コスパとしては良くないんですよ。リスクも大きくて大変な思いもするし、前例も無いので意思決定には骨が折れる。そのような仕事を当事者として引き受けるには、それなりの勇気が必要になると思うのです。

この会社ではそれを持てるようになった。2年間で私も少しは成長したと感じていますし、Chatworkのカルチャーには感謝しています。だからこそ、この会社をもっと良くしていきたいですし、社外にもその良さを伝えていきたいのです。恩返しという意味も含めて。

――最後に、松井さんご自身の今後の展望について教えてください。

Chatworkに入社する時に、1つだけ決めていたことがあるんです。どこにもない総務や人事のチームをつくろうと。部署名の枠にとどまらずに、会社が良くなる、仲間が不安なく仕事ができる、そんなホスピタリティ集団になりたいと思っていました。

私たちのプロダクトはビジネスチャットです。チャットを使うことで業務が効率化される分、ホスピタリティやクリエイティビティの必要な仕事に時間を割けるんですよ。業務をデジタル化することは、単に効率化につながるだけではなく、人にしかできない仕事が沢山できて、みんながハッピーになれる。今後はそのことを、もっともっと証明していきたいですね。ここまで話していて気付いたのですが、やっぱり蒲田の居酒屋が私の原点です(笑)。

 

撮影場所:東京オフィス(WeWork 日比谷 FORT TOWER)