Cha道

Chatworkの「人」「組織」を
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東京都庁を退職し、スタートアップを経てChatworkへ。行政で培った経験も活かしながら、社会に貢献するCSチームをつくりたい。

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今回は、カスタマーサクセスチームの加藤に話を聞きました。東京都庁の職員として新卒で就職して、スタートアップでのカスタマーサクセス職を経て、Chatworkにジョイン。なぜ、公務員からスタートアップに転じたのか、Chatworkで感じている仕事の意味や、成し遂げたいことは何か?一つひとつ丁寧に語ってくれました。

■プロフィール

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加藤 素慧子
ビジネス本部カスタマーエクスペリエンスユニット
セールス&サクセス部カスタマーサクセスチーム

父親は横浜市の公務員。「社会の役に立つ仕事がしたい」と、早稲田大学法学部を卒業後、2009年に東京都庁の職員として就職。2016年、ビザスクに11人目の社員として転職して、法人営業を経験。2018年、立ち上げ間もないテックタッチ社に移り、カスタマーサクセスチームの立ち上げを担った。2021年5月、Chatworkにジョイン。

父親が横浜市の職員。家族の中で「社会のために」を考えながら育った。

――公務員を目指したきっかけは何ですか?

横浜市の下町出身で、父が横浜市の公務員なんですよ。母は介護系の仕事に就いていました。公務員を目指したのは、家庭の影響が大きいです。幼いときから、「人の役に立ちなさい」「社会のために働きなさい」と言われながら育ってきました。
家の近くの繁華街にホームレスの方がいらっしゃって、私は「何か役に立てることはないのかな」と幼心に思っていました。「ウチに来てもらってシャワーを浴びてもらったら」と父に話すと、「そういう気持ちは大事だよ。だけど、ウチだけでできることは限りがあるよね。行政としてきちんと動かないと、なかなか問題は解決しないんだ」と教えてくれて。社会に対して感じた問題点をどうすればいいのか、普段から考える環境で育ちました。
就職活動は公務員一本に絞っていました。他の進路と迷った時期もあったのですが、戻るべきところに戻ったというか。国家公務員や横浜市も受けたのですが、最終的に東京都庁に決めました。国家公務員は所属する省庁の業務に限定されてしまうと感じて、父にも「横浜市だとオリンピックは開催できないんだよ。東京都は、市町村とはやれることの規模が違う」と言われて決断しました。

2011年、東日本大震災の支援チームへ。ここで自分の仕事観が変わった

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――2009年に東京都に入庁して、7年間勤めましたが、どのような業務を担当しましたか?

配属されたのが「総務局」という部署です。都庁内の管理業務や市区町村との連絡調整、統計関連の業務を推進しています。私は入社して2年半にわたって統計調査の業務に携わったのですが、2011年に転機が訪れます。その年の3月に東日本大震災が起こって、8月から被災された自治体の支援チームに異動になったのです。

――被災地の支援チームが、都庁にもあったのですね。

そのチームの立ち上げから参画しました。
被災された市町村に、東京都の職員を応援で派遣していました。その手配を行うのが主な仕事でした。他にも、被災状況を知らせるWebサイトを立ち上げたり、福島産の農作物の購買率が風評被害で落ちてしまったので支援イベントを都内で企画したりなど、本当に様々な業務を経験しました。
20名弱の小さなチームで、この少人数で緊急事態の中、全ての業務をこなさなくてはならなかったため、一人ひとりの権限の大きさとスピード感が物凄かったです。報道発表も、「今日やるから」と朝一に決まるなど当時はありましたね(笑)。
振り返れば大変な毎日でしたが、誰のため何のために自分が仕事をしているかが明確だったし、そのために本質的に必要な事であればすぐに実行できる環境でした。スピード感や変化が早いことも含め「自分にはこういう仕事が向いてるかも」と感じたことが、人生の転機になりました。

――東京都職員の通常の仕事とは、かなり違いますよね。

東京都には、約17万人の職員が働いています。正直に言うと「歯車感」を感じる機会も多かったです。
公務員は、非常に意義深く責任を伴う素晴らしい仕事だと今でも強く思いますし、もちろん尊敬があります。
一方で、私自身にとっては、性格的にも、自分が必死になっている仕事が誰の何の役に立っているか、肌触りとして実感できるということが、自分で思っていた以上に実は重要だったんですよね。
東日本大震災の支援チームに1年半在籍した後、地方交付税交付金を算定する仕事に戻りました。が、被災地支援の部署で経験したような血が通ったやりがいをより感じたいと思い、転職を決意したのです。

都庁からビザスクへ。同僚は「え?なんで?」

――どうして、そのタイミングでの転職になったのですか?

民間企業での経験は無いので、ポテンシャル採用で採ってもらえるのは28歳くらいが限界だと思っていたからです。父も公務員ですし、世の中にどういうビジネスがあって、どのようにお金が動いているのか、当時の私はものすごく無知でした。そこで、様々な業界のビジネスに触れることができる仕事を探して、出会ったのがビザスクです。様々な業界のエキスパートの知恵を、インターネットを通じて提供する企業ですが、公務員時代に、地域や機会、情報量の差を超えられたら地域力が増進すると考えていたこともあり、「世界中の知見をつなぐ」というミッションにピンと来ました。
フェーズ的にも、前例がないビジネスを試行錯誤しながら作り上げていく過程に身を置けるタイミングだったので、まさに自分が思い描いていた場所だと感じジョインしました。

――都庁からの転職に、周りは反対しませんでしたか?

まずは都庁のメンバーに報告したのですが、「え?なんで?」といった反応でした。都庁からは退職する人がほとんどいないので、あまりピンと来なかったようです。一方で、民間企業から都庁に転職してきた人たちは、止められましたし、かなり心配されました。行政と民間企業の違いを知っていると、無理はありません。極端な話、私自身ももしかしたら1年後にはビザスクで働くことができなくて、路上で野垂れ死んでいるかもしない。そんなことまで想像していました。ただ、ありきたりな言葉かもしれませんが人生一度きり。行動してみないことには始まらないしきっと大丈夫だ、と信じ、未経験の業界に飛び込みました。
家族には事後報告でしたが、「好きなことをやりなさい」とむしろ応援してくれましたね。

スタートアップでも、都庁流の仕事のスタンスで、自分の居場所を見つけられた

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――ビザスクでは、どのような業務を担当しましたか?

2016年1月にジョインしました。当時のビザスクは、サービスのローンチから2年弱のタイミングでした。11人目の社員として入社した私は、クライアントからの依頼に対し最適な知見を持つアドバイザー候補者の提案を行い、クライアントとアドバイザーのマッチングを行う、プロジェクトマネージャー職に就きました。前職と最も大きなギャップに感じたのが、仕事に求められる「精緻さ」です。公務員の仕事では、100%完成させたものを提出していましたが、スタートアップでは50%の状態で壁打ちすることが求められました。要件を定義し、念入りに下調べをして、というスタイルを変えるのには苦労しましたね。
プロジェクトマネージャーを1年ほど経験した後、クライアント企業に対峙する営業職に移りました。素材メーカーや化学メーカーを主に担当したのですが、この顧客群が自分の気質にマッチしました。私はどちらかというと、質を高く丁寧に案件を進行することが得意なタイプなのですが、そこを求めていただけるお客様と関わらせていただけたのだと思います。「業界外のエキスパートから話を聞いて知見を得る」こと自体に慣れていないお客様が多く、「そもそも何をしたいのか」からヒアリングを行いました。そこからお客様の悩みや不安に寄り添いながら、解決策を見つけていく。そのスタイルが自分には合っていました。
丁寧にやりとりを重ねることで、効率が落ちてしまうことはあるのですが、じっくり顧客と向き合い、課題や実現したいことの理解度を上げることで、本質的な提案ができたんだと思います。行政の仕事で培った「精緻さ」「丁寧さ」も活かすことで、自分なりの立ち位置も見えてきました。

――ビザスクは2018年7月に退職しますが、そのキッカケは何でしたか?

ビザスクでの業務の中で、創業者の端羽英子さんのエピソードを聞く機会が多くありました。次第に「事業を立ち上げるのは面白そうだ」と感じて、他の道を模索しはじめました。公務員として完全にできあがった組織で働き、次のビザスクでは1→10のフェーズを経験した。今度は事業も組織も0→1のフェーズに身を置いてみたい。さらに、自社でのwebプロダクトの開発フェーズも経験したかった。そう思ってジョインしたのが、SaaSスタートアップのテックタッチです。

4人目のメンバーとして入社した会社で、カスタマーサクセスチームを立ち上げた

――テックタッチ入社は何人目でしたか?

当時は2人の創業者とエンジニアが1人在籍していたので、私が4人目の社員でした。テックタッチは、「システムの操作ガイドアプリ」をWeb上で提供している会社なのですが、その第一弾のモックができあがったタイミング。ビジネス系のメンバーは私一人なので、代表と一緒にビザスクでお付き合いがあったお客様にアポを取り、「まずは使ってみてください」「フィードバックがあれば何でもおっしゃってください」と回っていました。転職の意図通りに、0→1を思い切り体験できたので、毎日が楽しくて仕方がなかったです。

――そこから順調に成長できたのでしょうか。

プロダクトができあがり、顧客もついてきたところで、本格的にカスタマーサクセス(CS)チームを立ち上げるタイミングになりました。そもそもどのような価値をお客様に提供するのか、そのためにはどのようなスキルが私たちに必要なのか。CSチーム2人目のメンバーと、テックタッチにおけるCSの価値を定義して、何を提供していくか、ゼロから考えることから始めたのは非常に意味のある経験になりました。
当時、「カスタマーサクセス」という言葉は今ほど一般的ではありませんでした。CSと言えば「カスタマーサポート」と呼ばれていた時代で、私自身も最初は「お客様にトラブルが発生したときに何とかするのが仕事」「そのためのマニュアルを作らなければ」という意識が強かった。そこから価値を改めて定義したことで、「カスタマーサクセス」チームをゼロから発足させることができた。
「事前にお客様と目的をすり合わせる」「その目的に向かってこちら側から提供できる価値は何かを積極的に考える」。そのようなミッションを掲げ、オンボーディングコンテンツを考えたり達成目標を定義したりと、少しずつ具体的なアクションに落とし込んでいきました。
本当にゼロからの試行錯誤でしたが、CSとしてお客様と伴走するとはこういうことなんだと初めて強く実感しましたし、関係性をどう構築していくかについては、代表や他のメンバーから学ぶことが本当に多かったです。
そのようなミッションを掲げて、チーム全体で推進することで、テックタッチの業績も向上していきました。自分の考え方が、お客様に伝わったことを実感できたのは嬉しかったですね。

コロナ禍で世の中を支えてくれている、多くの人たちの役に立ちたい

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――そして、Chatworkに転職されたのですが、どのような理由だったのですか?

一番の理由は、より社会的なインパクトの強いサービスに携わりたいという気持ちが強くなったことでしょうか。
それまでは大企業の顧客に対する経験が多かったのですが、より裾野の広いビジネスで、かつ自分のこれまでの経験や思考を掛け合わせられるような場を探していました。そこで出会ったのがChatworkでした。コロナ禍で「社会は誰かの仕事でできている」ということを痛感するようになって、社会を支える一人ひとりの手助けになりたいとも感じていました。Chatworkは、医療や介護など、多くのエッセンシャルワーカーの皆さんにも使っていただいているので、その意義は大きいなと。2021年5月に、CSチームの立ち上げ担当としてジョインしました。
当時は私を入れて4人のチームでした。最初の3ヶ月はとにかくキャッチアップに必死でした。前職では大手企業のお客様が多かったのですが、Chatworkは中小企業がほとんど。いきなり社長さんとアポでお会いしても、何を話したらいいのか、分かりませんでした。

「お客さんに嫌われてもいいから、好きなようにやっていいよ」

――そこからどのように仕事を覚えていったのでしょうか?

当時チームを取りまとめしてくれていたの大河内さん(https://chado.chatwork.com/entry/2021/01/19/100000)は、とにかく私に任せてくれました。「お客さんに嫌われてもいいから、好きなようにやっていいよ」と言われていたので、とにかく目の前のお客様のために全力で取り組みました。
大河内さんが「どのような助言をしてもお客さんに嫌われたら仕方がないよ。逆に嫌われるくらいお客さんのことを考えたということだから、それはやり切ったということ。問題ないよ」と言ってくださったのは、今思うとすごく大きかったですね。
お客様の中にしか答えはないので、まずはとにかく寄り添うこと。そして、想像力を持った上で答えを一緒に考えること。CSの役割はまずそこだと思います。
場合によってはChatworkの活用を勧めないこともありました。「御社でChatworkを使うのは少し早いので、他の打ち手を考えましょう」「そこまで高いITリテラシーがお持ちであれば、他のビジネスチャットをお使いになった方が活用できるかもしれません」と進言することもあります。
私たちカスタマーサクセスチームの目的は、Chatworkを使ってもらうことではありません。あくまでも、従業員一人ひとりの働き方を改善して、より創造的な職場を作ることがミッションです。そこだけはぶらさずに今でも活動できています。大河内さんをはじめとして、チームのみんなには感謝しています。

取引先の社長から、「新しいつながりを提供してくれて、ありがとう」

――思い出に残っているお客様はありますか?

私が初めて専任で担当させていただいた、関西の製造業の会社さんですね。経営者と対峙したのもほとんど初めてでした。その会社はベトナムに支社を開設しているのですが、日本と現地を行き来されている社長で、事業をどう発展させていきたいのか、社員のことをどう思っているのか、コロナ禍にどう対応するのか、などを語っていただきました。そして、「ああ、自分はこの人の力になりたいなぁ」と心の底から感じたのです。このような感情が湧いてきたのは、それまでは多分無かったと思います。
そこからは、社長から状況を聞きながら、Chatworkの使い方を提案して、検証を重ねていきました。2〜3ヶ月経った後に、Chatworkは「新しい繋がり方」を提供してくれるコミュニケーションインフラだよね、と言ってくださって。私の中でもお客様自身からそんな言葉を伺えたことが嬉しかったです。

都庁での経験を活かして、Chatworkに行政向けのチームを立ち上げたい

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――Chaworkに入社して約1年が経ちましたが、これからはどのような仕事をしていきたいですか?

Chatworkはお陰さまでユーザー数が右肩上がりに伸びているので、お客様とプロダクトとの距離感が遠ざかってしまう場面も出てくると思います。一方で、一人ひとりのお客様とのコミュニケーションが薄くなったり、お客様の多様なニーズにプロダクトが応えきれなくなったり。CSの価値は、そのような事態を未然に防ぐことにある。お客様の潜在的な要望も含めて私たちのチームがキャッチして、いち早くプロダクトサイドにフィードバックして、全社一体でサービスを磨いていくことが必要とされています。Chatworkのように、ユーザー数もトラフィック数も膨大なインフラであれば、簡単に新機能が追加できたり改善するのは難しいことは十分理解しています。
それでも、顧客のリアルな声や実際にどう使っていただいているのか、を会社として大事にしたいですし、理解しようとし続けたいです。使ってくださるお客様あってのサービスなので。チームとしても、私個人としても、お客様のためにもっともっと進化しなくてはならない。そう強く感じています。

――「社会的なインパクト」を生み出すために、どのようなアプローチを考えていますか?

特にこのコロナ禍では、Chatworkを使ってもらえば、コミュニケーションが変わり、働き方が変わり、その会社の生産性や業績が徐々に向上していく。様々な業種のお客様との接点を通じて、そのような実感を得ることができました。
Chatworkのユーザー数はどんどん拡大しているので、一人ひとりの意味のある使い方を伝えていくことで、「社会的なインパクト」を生み出せると確信しています。今は、プロダクトのミッション、CSチームのミッション、自分個人のミッションの3つが重なっている状態ですので、一歩一歩前に進んでいくのみです。

――社会貢献のためには、ご自身の都庁での経験が活きるかもしれません。

確かにそうですね。行政機関にChatworkを使っていただければ、業務が効率化できる上に、民間企業ともつながりやすくなります。関西のお客様が「新しいつながりを提供するインフラ」と言ってくださったように、行政と民間とのコミュニケーションを変える可能性を秘めています。ただ、行政は「LGWAN(総合行政ネットワーク)」という専用のセキュリティー通信網を活用しているので、導入の壁が高いんですよ。だからこそ、何とかしてみたいという想いはあります。日本最大の自治体の東京都と、中小企業向けの最大級のITプラットフォームになりうる可能性を持つChatwork。その双方でお客様と向き合ってきた経験があれば、きっと壁を乗り越えることができると思っています。Chatworkにパブリックセクター向けのチームをつくって、行政を巻きこみ社会のDXを進めていく、なんてこともできたら良いなと思いますし、その場合には自分の経験を最大限活かせると思うので、価値を発揮したいです。